S e e d  O f L i f e

We are living with the earth

   3月 03

アグロエコロジー(agro-ecology)

かなり時間を経てしまいましたが、去る2015年2月11日(水曜日・建国記念の日)に、明治学院大学白金キャンパス内において開催された、日本アグロエコロジー会議<第1回 勉強会> ~食と農・地域と暮らしが分母となる社会を目指して~ に参加させていただく機会をいただきましたので、その概要と補足、そして感想などを記させていただきたいと思います。
先ずは、東京都内等での日本ミツバチ養蜂の実行と推進に取り組みをされている後藤純子氏に、この会議の開催についてご案内をいただくことで参加機会を得させていただくことができたことに御礼申し上げます。
agro_eco20150211
「アグロエコロジー」という言葉を目にしたのは、本会議の案内をいただいた時が最初であり、また何かの新しい造語でも出て来たのではないかという認識であった。
しかし、会議の主催・登壇者・プログラムに目を通させていただき、<第1回 勉強会>とは言うもののこれは、これからの日本の農業を転換できる何かのきっかけになるのではないかという仄かな期待だけを持って、何の予習も行わずに会場に入らせていただきました。
当初主催者側が予定していた会議室から、増え続ける参加申し込み数に対応する為に大講堂に移し、500の座席は満席状態でした。
会議のプログラムおよび登壇者等の情報は一部になりますが、補足情報と共に、文末にまとめさせていただきます。

アグロエコロジーとは何か?
「アグロエコロジーは環境面だけでなく、経済、社会、文化の多様性、生産者と消費者の主体性の向上を目指すものであり、現行の農業食料システムで破壊されてきたものを取り戻すための試みである」(京都大学・久野秀二氏が定義)

アグロエコロジーの起源
70年代、世界的に有機農業が盛んになってくる時代、専門の研究者たちが古代、あるいは先住民族、伝統的住民の農法に積極的要素を見出していく。
その中心人物、ミゲル・アルティエリ氏(チリ出身。現在カリフォルニア大学バークレー校教授)の著書『アグロエコロジー』が80年代末以降、ラテンアメリカの民衆運動の中で人々に読まれて実践と共に広まっていく。

アグロエコロジー云々という各論に入る前の前提として、先ずは、無視することのできない私たちの置かれている現状について、世界各地のリアルな現場を歩いてこられた方々からの報告から散文的にまとめさせていただくと・・・
・税金が投入されなくてはならない農業の現実
・アグリビジネスと農業の違いについての正しい知識
・命との繋がりを無視した農業
・農業人口の減少
・農地にアクセスできなくなる(食の支配)
・7~8社にコントロールされている日用品
・有機農業が進んでいると言われているフランスですら、有機農業が行われているのは全利用農地面積の3.93%

今までの受け身から「システム思考」で捉え行動することが必要となる。
・何がインプットされて生産されているのか。
・私たちを取り巻く環境は、政治・経済・環境・社会が関わってできている。
・社会が無ければ経済はない。
・社会のベースとなる生態系が無ければ何もない。

ただ現状を傍観し待つのではなく、地球上に暮らし続けるという原点に立ち返り、
・日々の世界の中で実践し世界を変える。
・自然の中に溢れる感性を読み取る感性を磨く。
・私たちの生活の真ん中に、食と農がある。
・生き物を失う度に、それについて語り・描く感性を喪うという現実を見つめる。
 (地球上で年間4万種が消失)
・雇用はないけれど仕事はある里山の暮らしを見直すことで、
・山が綺麗になり、長老の知恵を引き継ぎ、未来に繋ぐ。
・そして、分断されていた世界を繋ぐ。
・農薬・肥料も海外から買っている現状から、少しづつ自分達のつくる範囲を拡げる。

これから日本において、単なるマーケティング用語的なキーワードとなってしまった環境的な取り組みを現す言葉の二の舞とならぬよう、実践を伴う活動の一環として、この会議が継続し拡がることを期待したい。
恐らく主催者・登壇者の情熱をもってすれば、そのようになることは想像せずにいられない。未来の為に。
僅か1億2702万分の500名かもしれないが。

<関連情報>
アグロエコロジー
食と農・地域と暮らしを豊かな方向に~アグロエコロジーの勉強会2/11開催
印鑰 智哉(INYAKU Tomoya)のブログ~カテゴリー: アグリビジネス
アグロエコロジーに何を学ぶか~ブラジルのオルタナティブ~
霜里農場(今回の主催の一人である、1971年より埼玉県小川町で有機農業を続けてきた金子美登[Kaneko Yoshinori]氏のサイト)

<購入書籍>
不自然な食べ物はいらない


   1月 27

自然と共に

takaojinnjya_40pる1月24日に、「アースオーブン・プロジェクト」の第一日目を迎えることができ、参加者の皆様と初日ということもあり、この地域の氏神・主祭神(しゅさいじん)として高オ神(水や雨を司る神として信仰されていた山頂に座す龍。オの使用文字については、挿絵を参照下さい。)が祀られている高オ神社(たかおじんじゃ)への参拝から始めさせていただいた。

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東地方の平野部にも数十年前までは多数残っていた鎮守(ちんじゅ)の森も、宅地開発等が進み姿を消しつつある中で、立伏地区を抜ける県道の傍らに、背後に杉の山が広がり、南を見下ろすと田園が広がる隠れた心休まる空間です。

chikurin_25p世話になっている地主さんの裏山に分け入らせていただく。いつもは風に揺られて静かに稈(かん)と枝葉をこすり合わせている孟宗竹(もうそうちく)の林も、今日は筍堀り以来の賑わいでした。

す方向を見たてながらノコギリで稈を前後から切り込みを入れて倒す。倒れた竹に群がり手分けしながら、刃物を使わずに程良い長さと太さの竹の稈でスパ~ンと枝を払う。30分も経たないうちに、身体は温まり汗が噴き出すほどに。edaharai_25p

めは力の入れ加減・打ち込み位置の要領を得ることに苦労していた女性陣も、要領を得ると身体ばかりの大きい男性陣よりも身軽に竹林の中をかけまわり、次から次へと。午前中だけでも相当数の孟宗竹を切りだすことが出来ました。
hagama_trim食は、那須・豊穣庵の渡辺ご夫妻から分けていただいた、麻の苧殻(おがら)を堆肥に利用されて栽培されたコシヒカリ・麻之舞(あさのまい)を羽釜で炊かさせていただき、一晩寝かせたミネストローネと差し入れいただいた漬物類と共にお腹を満たし、身体の冷えないうちに、次は篠竹(しのだけ)の林の中へ。
篠竹は女竹(めだけ)とも呼ばれるそうであり、他にも篠竹と呼ばれる竹の中には矢竹、内竹、等々何種類もあるそうです。
shinodake_25p

では殆ど全てとも言える家庭で使う道具のみならず農業資材も、工場で作られた製品を使うが、僅か数十年前までは、自然の中に溢れる資源を活用し、破損し補修がままなくなり目的を果たした暁には、最後には土に還るという、人の手のみが加わる循環の輪の中に。
そう言えば昨年は、立伏地区の界隈でも竹籠を編めるお一人の方に、ようやく巡り合うことができたことをふと思い出す。

然の中で営まわれる私たちの生活の中には、八百万の神への畏怖・畏敬の念と共に、特別でない知恵で溢れていたことを第一日目を終えて時が経つに従い、改めて思い出させてくれた冬の澄んだ空気の中での一日でした。
写真撮影に及ばす、いつも何かとサポートいただいている黒田氏に撮影いただいたものを拝借させていただきました。

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